今日の思想

日々の思想備忘録

2021年1月19日(火)の思想

目次

喋れないのつら~~い

めっちゃストレス!!!
でもストレスだから喋れなくなってるんだけど!!!!
喋れなくなったのが土曜の夜、にち、げつ、か、と3日+数時間声が全く出ていないので、話したい事があっても電話のひとつも出来やしない。
口から生まれた口太郎!!!!みたいな感じでやらせていただいているので、本当に困った。
まあでも休むのも必要なのよね……みたいなアップダウン激しめで生活をしている。

鬱の時はオカ板

昨夜結構遅い時間にこれを読んで、ゾッッッッッとした後にシェアするのは昼間にしよう~~と思って寝た。
note.com
※怖い話だから苦手な人は読むのやめようね。

怖い・怖くないとかいう前に、もう文章構成が素晴らしすぎて、ぐいぐいと世界に引き込まれて画面をスワイプする手が止められなかった。
「この先を読んだらやばいんだろうな」という感情に反して、知的好奇心が抑えきれず、最後までどうやったって読んでしまう。
こんなに人の心を惹きつける文章が書けるの、素晴らしすぎる。

同じ方が書かれたこちらも面白かった。
scp-jp.wikidot.com

「絶対に何かある」という圧倒的な自信の元に書かれた文章って、絶対にそうだと思い込まされて読むので、言葉の力って凄い。
だから言葉の取り扱いには気をつけないとならないっとしみじみする。

オカルトに関しては、こういった文章力とか人間心理の方に興味があるのだけれど、なんだかんだ人の思いや感情の力ってめちゃくちゃ怖くて、それらに対して言葉では上手く説明できないものを「オカルト」と呼ぶのであれば、わたしはそれは普通に存在すると思う。
だって、人間、怖いもん。

自分が鬱だな~~~と思ってる時は頭の中がぐるぐるぐるぐるしてしまっていて、要らん事ばっか考えてしまう。
それが嫌だからとっとと寝ようとするんだけど、やっぱりどうして鬱の時って眠れないから一生インターネットを開いてしまって、現代人のどうでもいいいざこざとか、愚痴とかを見て心がどんどん闇に侵食されてしまう。
そういう時にオカルトはいい。
何故なら惹きこまれて、めちゃくちゃ集中出来るから。
終わった後の謎のだるさと、圧倒的満足感で、大体ぐっすり眠れる(そしてうなされる)。

やっぱり2000年代のインターネットが大好きなので、その頃のオカ板のログとか読んでるのが楽しいんだよな~~~。
今のインターネットって、誰かが誰かを陥れて、誰かが誰かの足を引っ張って、誰かが誰かに文句を言ってばかりなので、面白くないんだよ。
誰かが言い出した「本当かどうかわからないもの」に対して、一生あーでもないこーでもないって議論するのが面白いんじゃん。
それが正解か不正解かとかじゃなくて、その行程を楽しめよ~~~。

小粋なレビューに憧れて

お金を払って商品を買って、レビューが出来るけれど、あれって別に「金を払っていて偉いから納得いかなかったら何言ってもいい」って訳じゃないじゃないですか。
だからマイナス評価なのに小粋な文章で読ませてくれるレビューを書いている人がいると尊敬するというか、評価としてはマイナスなのだけれど、それによって自分が被った損を「オモロ」に変えてるのがもう生命力強いよなあと。

飲食店の口コミで偉そうに御託並べてるタイプの人が得意ではないので、なんか皆人生大変なんだな~と思う。
辛いのね、そうなのね、仕事をやめてハワイにでも行こう!!!

マイナス評価じゃないんだけどこのレビューがめちゃくちゃ好き。という話を友達にさっきした。
www.amazon.co.jp

人間ユーモアを失ったら死ぬと思う。わたしの中では。
どんなに嫌な事があってもユーモアに変換して生きていけるように心がけて生きたいといしみじみ感じた。

インターネットでの軽率な文句は直クレームより厄介

という話、いろんなジャンルの色んなおたくとしすぎたら頭がパンクしたので一旦ここに書く。
特定のジャンルの事じゃなくて《全部》の話だから、特定ジャンルの人は「自分の事かな……」と思わないでください。あなたも含めた皆の事なので。

「会社に直接電話するとかクレーマーじゃん」

みたいな意見をやっぱりいつになっても耳にする。
そして、そういう言葉を発する人たちは、大概インターネットで文句を放ち、共有する。
インターネット大エゴサパブサ時代の今、正直会社に直接電話するよりも、インターネットでマイナス意見をシェアしている方がよっぽど企業にとっては痛手だ、というのはそろそろ理解が広まってもいいのでは?
(だからって毎日毎日電話をしていいとかそういう話ではないからそこは流石に行間を読んでくれ。)

例えば、Aというイベントの告知について解らない事・納得がいかない事があったとする。
それをWEBに記載のお問合せフォームなりお電話番号なりに問合せをしたら、自分の行動ひとつで、大体レスポンスは返ってくる。
(そこで納得いかね~~となったらインターネットに書いてもいいと思う。)

またもうひとつ。現場でおたく同士のいざこざがあった時に、その場で第三者にも声をかけて双方の主張をぶつけて話し合うとする。
互いに納得はいかないとしても、少なくとも喧嘩腰でインターネットでやり合うよりかは、お互いの顔を見て話すので会話のキャッチボールは出来る。

けれどその行程を怠り「これってどういう事?」とか「これって嫌だな~」みたいな事を自分の主観ばちばちでつづった言葉をインターネット(主にSNS上)でシェアすると、「私もそう思う」とか「それな」的な同意は得られるけれど、本質的な解決には至らない。
解決に至らないから「きっとこれはこうに違いない」という、愚痴をシェアしている仲間による謎の被害妄想が広がり、起きていない何かを決めつけ、気が付くともうそこにはただの悪口が残っている……なんて事はザラだ。

そして、我々は自分がフォローしているコミュニティの中だけでその話をしているように感じているが、オープンアカウントでのやり取りな以上、それは全世界に発信されて、どんな人の目にだって止まる。
おたく同士のいざこざも、現場でのトラブルも、公式によく思われない事も全部、《自分が友達とちょっと愚痴ってるだけ》のつもりだが、それは全世界から目撃されているという事を、忘れてはならない。
ここはインターネットである。ワールドでワイドなウェブなのだ。

人間は同意を得たくて愚痴を言う、なんて話があるように「文句を言う」→「それに賛同してもらう」という流れ自体は、脳みそが気持ちよく感じるように出来てるのだと思う。
そして、その流れとSNSは非常に相性がいい。
自分が納得がいかなかった事に対して被害者視点で問題提起をして、同意をされたり慰められたりするの、SNSだと容易に出来てしまう。
だからやめられないし、意図せずにやってしまうんだろうけれど(まあわたしもやってしまうので偉そうな事は言えない)。
ただ、その結果、自分がそういう感情を抱いている相手や巻き込まれている環境がどういう立場になるのかは、一度考えた方がよいのではないかな?と思う。わたしはね。

例えば公式への文句なら、そのコンテンツをよく知らない人や、まだ出会ってない人が見たらどう思うのか。
例えばおたく同士の喧嘩ならば、第三者やその現場を知らない人が見たらどう思うのか。
立派なネガティブキャンペーンでしょ。

ネットだから何やってもいいって、軽率に好きだ嫌いだって言っていいって思ったら大間違いなので、その辺りなんかもうちょっとまともになって欲しいな~~と思う。
ちなみにわたしが文句を言っている時はその辺りも含めて呪いをかけてる部分があるので、大概わたしもタチが悪い。
でも、自分が使ってる武器の性能は理解した上で全力でぶん殴りたいじゃん(?)。

インターネットをやめたい

今日綴った事を色々考えていたら、唐突に「インターネットつまんね~~息苦し~~~やめて~~~」となった。
でもやめない。インターネットが好きなので。

なんかね~~~インターネットでもリアルの世界でも、もっとくっだらない事をして生きていきたいんだよ!!!!!
「それをやって意味あるの?」みたいな事に一生懸命時間をかけて、それに結果が伴うか伴わないか、損するか得するかとかそういう事全部いっさいがっさいどっかに吹っ飛ばして、ただ「己のオモロ」を探求して、しょうもね~~~~ってゲラゲラ笑いながら色んな可能性を考えるその時間が恋しい。
そこに結果が伴うかって、もう、それが楽しい時点で十分人生の糧になってるじゃん。

わたしはもっと、くだらない事を話して笑いたいのだ。
世の中が、息苦しすぎるね。
他人の目じゃなくて、自分の心と向き合って生きていきたいな。

皆、テニス楽しんでる?(知ってるか~い)(ユーノー!!)

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