今日の思想

日々の思想備忘録

2021年1月28日(木)の思想

目次

社会と医療に生かされている

整体に無事行った、行きましたとも、行ったとさ。
昨夜マジで背中が痛くてろくに眠れなかった。
崎陽軒シウマイ弁当に負けた結果、1月28日の思考の大半を失う事となる。
人生はいつだって取捨選択。

整体っていうか整骨院っていうか柔道整復師っていうかなんだけどざっくり整体と言ってしまう。多分これ怒られる奴だな。
ついて早々先生に「久しぶりじゃない」と言われると、大概「ヤバい」となる。
そうだ、わたしはここに来るのが久しぶりであってはならないのに、何故久しぶりなんだ……となりつつ体に電気を流される。

あ~~~~~~~~~~痛い~~~~~~~~~~~~~~~~。

主に背中と首を診て貰いながら「どうしてこんな事になっちゃったの」と聞かれ、「普通に生活してるだけなんですけどね、アハハ」と毎度のやり取りをする。
定期的にこうやって体に電気を通してもらい、人に形状を整えて貰わないと歩く事さえままならなくなる。
それと同時に、ご存じの通り心療内科にも通っている訳で、薬を飲んでいないと精神が安定しない。
眼科に行って処方された目薬をささないと、目が乾いて何も見えなくなる。
生きてるだけで、満身創痍。
医療が進化してなかったら、とっくにくたばってるんだろうなとしみじみ思う。
健康保険の精度がなかったら、とっくに金が底を尽きているんだろうなともしみじみ思う。

生きているのか、生かされているのかがよく解らなくなって怖くなるけれど、それでもわたしはわたしの才能と思想は《生かされるべきだ》と思っているので(すげ~強気だ!)、社会的弱者と罵られようと、この国の制度を有効活用して生き延びるまでである。
そして今日も心の中で叫ぶ。
すれ違う皆、わたしの為に健康保険料を収めてくれてありがとう~~~!!!!!

人生得してるか損してるかの健康保険料部門があったら、わたしは実質無料どころか……という所をいっている自信がある。
使っていこう、国の制度。払った金は、取り戻せ!!!!
背中、大分楽になったや。

生誕祭着々準備中

今日もこの後リハーサルをやる。
(リハーサルとは……???)

物を作るのも、準備するのも、悪ふざけするのもぜーーーんぶ大好きだからちょっとやりだしたら止まらなくなってしまってわたしの中のジェバンニが一晩で色々やってくれた。
今は寝るよりもやりたい事を全部やるために時間を使いたい。
やるって決めたの火曜なのに、本当に急ピッチで全部進めていて偉い。意味が不明だ。
自分の誕生日を祝わせたら世界で一番自分が優れていると思う(?)。

1月30日(土)の20時から、1時間だけでもいいのでお時間いただけたら嬉しいな~~~~~~~。
一生懸命やったので楽しんでもらいたい!!!!!!
ぜひ、ぜひね。

一万年後も君(の骨)は世界で一番美しい

体の話繋がりでもうひとつ。
長いから後ろに持ってきた。文章まとめる気が無いわよ。

かつて、東京大学医学部附属病院という所に入院していた。
そうですね、かの有名な東大の附属病院ですね。
住みたい病院No.1(かりん調べ)の東大病院、本当に住み心地がよかった。
コンビニあるし、郵便局あるし、ATMもあるし、美容院もあるし、本当になんでもあった。

そして主治医のオキニだった。
わたしの骨が。

小学生の時に車にはねられ、一度は完治したと思ったものが、結局後遺症が出てしまい……という流れであれよあれよと日本トップクラスの病院に通院する事になり、人体実験の様な手術と治療を受ける事になった思春期の数年間。
マジできつかった。本当にきつかった。身体的にも精神的にもボロボロのボロッカスだった。
今思い出しても「いや、こんなにきつい思いしてたんだから、自分で死んだらもったいなくない?」と正気になるレベルのきつさ。

【※】今から具体的な痛い話をするので苦手な方は読み飛ばそう!

事故の影響で足の骨の一部が成長しなくなってしまい、本来まっすぐに伸びるはずの足がいわゆる「く」の字型で伸びてしまい、歩行が困難になってしまっていた。
それを直すために、一度《骨の成長を止める》手術を行い、成長期が終わったと同時に《骨をぶった切る》手術を再び行い、その際に《骨の角度と長さを矯正する機械を足にぶっさす》治療を行っていた。
小指よりもう少し細いかな~位の金属の棒を、足に横から3本+3本骨までぶっさして、その3本同士の間隔を毎日あけていく。
切った骨というのはお互いくっつき合おうとする性質があるので、一回骨をぶった切って、その骨同士を毎日少しずつ離していく事によって物理で足の長さを伸ばす事が出来るらしい。
この治療方法考えた人、天才だけど気が狂ってる。

骨の痛さもあるけれど、そもそも脚に金属の異物が刺さっているのでそこを毎日消毒しなければならないのだが、それがそれでまた拷問のように痛い。
出来かけのかさぶたを毎日自分で引っぺがすイメージ。
今も思い返すだけでゾッとする。

【※】痛い話はここで終わりです!


学校にも行けてない、精神的にもキツい、何より痛い。
しかも治療が終わったところで《マシになる》だけで別に完治もしない、大人になっても行動に制限は出るし、きっと一般的な人よりも早く体が動かなくなる。
人生には絶望しかないのか!!!!!!!!と思って、この辺りで鬱をこじらせた。
いや、この状況化で鬱にならなかったら凄すぎるだろ。
10代思春期真っただ中、人生が一番ワクワク盛り上がって楽しい時に全ての絶望を見せられて、逆になんで生きてこれているのかが不思議だ。

そんな時、
「勉強が解らなくて辛い」
「足が痛い」
「この先の人生が怖い」
「もう死にたい」
そういう事を毎日言っていた。
人生に絶望して絶望して、自分の過去を呪って、未来なんて祝福も出来なくて。
そういう話をする度に、主治医は決まってこう言った。

「でも、骨は綺麗だから大丈夫!!」

あっ!!!!
この人何も私の話を聞いてない!!!!!!

東大病院の先生達は狂っている(※いい意味で)と呼称される事が多い。
なんだろうな、行き過ぎたおたくというか、それにしか興味が無いというか、この世のすべてが研究対象というか。本当に変わった先生が多い。
自分の専門以外の事は基本適当だし、けれど自分の専門の事となるとブチギレるまで語ってくる。
一歩間違えたらマッドサイエンティストな人達を医療従事者にする事が出来た日本の学問と制度に感謝!!!!

主治医はその分野の最高峰の人で、めちゃくちゃ確かな腕を持っていたが、如何せん狂っていたので私の骨以外に興味が無かった。
何か心配な事を伝えても「骨が綺麗だから大丈夫」としか返してくれなかった。
いつだってわたしの顔ではなく、わたしのレントゲンの写真を見つめながら話していた。
強く思った。
「生きねば」と。
そして「大丈夫だ、こんなヤベエ奴が医療のトップにいるならわたしも生きていける」と。

とはいえ、わたしの悩みや相談に何一つロジカルな答えをくれない主治医が、わたしの骨をいつでもベタ褒めしてくれるのは、なんだかとっても嬉しかった。ある意味自信にも繋がった。
日本医療のある分野でトップに立つ人間が、わたしの足のレントゲンをずっと眺めて「美しい」と言ってる事、普通に誇っていい奴じゃん。と、今ならその言葉の重みが解る。
手術に関しても「やらなきゃ勿体無い(※骨が)」と言って後押ししてくれたのは主治医だし、結局オタクは世界を救っている気がする。

ちなみに、少し特殊な治療を受けていたので、(勿論すべて承諾した上で)入院中は毎日たくさんの医者と医学生がわたしの部屋に現れて、ベッドを取り囲み、写真を撮ったりスケッチをしたり、皆に「足触らせて~」と言われていた。
主治医が…っていうか全員骨にしか興味なくて草。
曲がりなりにも当時・女子高生だが???????
わたしの羞恥心は確実にこの辺りでバグった。人に下半身を見られる事に抵抗が無い。わたしは骨なので……(???)。

ただこの時の自分は、自分を《研究材料》としてもらえた事で救われた。
今のこの苦しさは誰かの為になるんだ、未来の誰かを救う何かになるんだ。と思えたら、それなりに気持ちが楽になった。
どっかの教科書にわたしの足の写真が載ってるらしい。記念に貰っとけばよかった。
いや~~~~医療って本当に偉大だなあ~~~~と思って生きている。

あの時きつかった数年間、おれは誇って生きてってやらあ!!!!という気持ちになったので急に日記に書いた。
こればっかりは多少コンテンツ化していかないと生きていけないのでちょっとオモロに寄せた(位に本当に本当に全部しんどかった)。
レントゲンの写真が出て来たから載せようかなと思ったけど、あまりにも痛々しいので今回はやめておく。
見たい人がいたら言って下さい、IDつけて送ります(?)。

命短し恋せよおたく

そんなきっっっっっつい治療を受けても、100%完璧元通りに出来た訳でもなく、右ひざの一部は今も欠損しており、足はよく見ると曲がってなんとなく引きずっている。
こんな状態でも障碍者じゃないのよわたし!!!!マジで!?!?!?おかしくない!?!?!?
映画を半額で見せてくれ~~~~!!!という叫びはさておいて、故に、わたしの人生はざっくり以下のような事が出来ない。

・運動全般禁止
・しゃがんだり立ち上がったりの繰り返しも禁止
・一生杖をついて歩け
・長時間同じ格好で座るのはやめろ
・そもそも骨盤が歪んでいるので定期的に整体などに行け
・30代になったら周りと同じような生活が出来ない覚悟をしろ(と10代の頃に言われた)

そう、なので、整体に行かないといけない。歩けなくなってしまうから。
車椅子生活は面倒なので出来れば避けたい、歩いていきたい、自分の足で……。
ここで一個美しい話をすると、鬱になった結果演劇にのめり込み、そこから派生して生身の人間のガッツなおたくをしていたらそれがリハビリとなり、何故か杖をついていなくても歩けるようになったし、軽度の運動はしてもよくなった。医者にも褒められた。
そんな事あるんだ、凄いわね。これが人体の奇跡!!!!

後はどうしてもやりたい仕事があって、それが自分の体によくないとわかっていたけれど、数年間だけ挑戦した。このアカウントにいなかった数年間の事。
結局その数年で「無理だ」という事がハッキリして諦めもついたけれど、挑戦させてくれる環境に感謝をしているし、自分にはなんの悔いもない。
やりたいと思える事をやれた事、やれないと確信できた事が本当によかった。
だからね、好きなものはあった方がいいし、それに一生懸命な事は、人を生かすとわたしは思う。

年を重ねて行くごとに、やはり体が上手く動いていないという自覚はあり、いつかこれはまた杖を突く生活に戻るんだろうな~~~とも思っているけれど、わたしが今やりたい事とかやっていこうと思っている事は別にドタバタ走り回らなくても、というか極論家の中でパソコンがあれば完結してしまうような事なので(観劇に行けなくなるのは嫌だから精々筋トレをしよう…)、この後は必死になりすぎず、でも折角だから楽しく生きて、やりたい事をぜんぶやっていけたらいいなあ~~~~~と思ってる。

なんでこういう話をいきなりしだしたかと言うと、最近寒さもあってすこぶる体の調子が悪く「あ~~~嫌だよ~~~~」となっていた。
ので、もういっそ知ってもらったれ!!!という開き直りもある。
だって、こういう経験をしてる人としていない人だったら、間違いなくしていない人の方が多く、わたしの経験と感想ってめちゃくちゃ世界にとって有益な情報なのでは!?!?!と思えたので。
知らない事を知れる事、わたしはわくわくするから。
わたしのこの辛さだって、誰かのわくわくに変えられるなら、素敵じゃない。きっと。

だからこれは《自分の事をコンテンツとして切り売りしている》というより、乗り越えるための自己暗示みたいなものなんだろうなあ。
もしいつか歩けなくなっても、仮に車椅子生活に戻っても、ラジオの配信出来るしね。よかったね。
わたしの脳が滅びぬ限り、わたしは生きるのをやめぬ……………。


なので、皆さんぜひぜひわたしの才能と思想に価値を見出してください!!!!!!!!!!
(とは????????)

全身麻酔

人生で今のところ2回経験していて、この先今のところ経験予定はない。
全身麻酔、眠りに落ちる瞬間がめちゃくちゃフワッと気持ちよいので皆に一度は体験してもらいたいもの5本の指には入る。
でも全身麻酔をするために打つ筋肉弛緩の注射がクソバカ痛いのでリスクが高い(そこじゃないのでは?)。

あと、目が覚めた時に信じられない位気持ち悪くなる。
嘔吐すると緑色の液体が口から出たりするので(なんで???)スッゲーびびる。
だから、全身麻酔は体験してもらいたいけど、全身麻酔から起きるのはあんまりオススメしない体験です。

はあ~~~30日まであと2日!!!
わたしは本当に人生全てを自己暗示で解決させてる気がする。
わたしが楽しいって言ったら楽しくなる世界に乾杯!



-------------

Twitter @ka_ri_ng
はてなブログ https://ka-ri-ng.hateblo.jp/
壷屋さん https://karing.base.ec
マシュマロ https://marshmallow-qa.com/ka_ri_ng
※返信はTwitterにて