今日の思想

日々の思想備忘録

2021年2月8日(月)の思想

目次

昨日の日記

実はサボらなかった。痕跡だけある。
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「書かなかった」をちゃんと書いとくのはやるべきだなと思った。
目指せ継続一ヶ月!なので、あとちょっと頑張ろうな。

クソデカ感情をまき散らしたいし浴びたい

ここ連日の調子の悪さこれじゃない!?と、やっと目星がついてきた。
自分の感情がアウトプット出来ない&世の中に求められていない(受け入れ辛い)という何かを背負ってしまってグズグズグズグズ自分の中で煮詰めてしまって、自分で中毒を起こしているような気がする。

その結果、件の「ビバラバ」について感想ブログをアップした。
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ほぼ《納得がいかなかった事》を書いてるだけなので感想っていうかなんていうか…だけども。
とにかく、誰かが魂を込めて作った作品にお金を払って向き合ったのであれば、覚悟を持って自分の感情や思った事を発するのが誠意だと思うので。
これはわたしなりの誠意である。

それからどうした

そんな事を悶々と考えていたら、横内さんのこのツイートを見て信じられない位心が浄化された。

横内さんは《世界》を構築する天才でしかないし、言葉のセンスやチョイスがいつだって神様みたいだ。
横内さんのこのラブレターを読んでから、雲がかった心があっという間に晴れていき、前述のビバラバについての文章をさくさくさくっと書き上げたので、愛情っていう物はこうも他者の心を救うものなのか?と感動しきってしまい、涙が止まらなかった。

かわいいかぶき再開前のリハ時期に、横内さんがSNSで、

kawaii も危機であります。
キティ座頭より、お呼び出しあり
蘇りに向けて、馳せ参じておりまする。

と、コメントされているのが本当に素敵で、大好きで、この方がピューロランドに関わってくれてよかったと心の底から思ったし、かわいいかぶきが再開できて本当によかったと何度も何度も感じた。

横内さんはいつだってキティさんと向き合って、話し合って、打ち合わせをして、共に生きて一緒に作品を作り上げているというのがよくよくわかる。5回くらい一緒に鍋を食べてそう。
だからわたしはこの方の作品が大好きで、この方の演劇論が大好きで、誰が出てようが出てまいがかわいいかぶきは毎回観る、みたいな生活を送っている訳で。

横内さんはわたしが迷子になって泣きわめいている時に、演劇というゆりかごに乗せて優しくあやしてくれている気がする。今回だってそうだ。
何か漠然とした《辛い》《悲しい》から脱却する前に、一旦気持ちを沈めてくれたのがこの言葉だ。
その結果、自分の中の気持ち悪さや違和感をきちん!と言語化する事に成功し、誰かを憎みすぎず、ただの暴言や悪口で終わらせず、《ここが納得できなかった》とまとめあげる事が出来た。
わたしもこういう言葉を紡げる人間になりたいし、もっともっと自分の事も他者の事も理解出来て歩み寄れる人間になりたいと、心底思った。

だから結局の所

わたしは《今のピューロランドが嫌い》なんじゃなくて、《今の手軽なエンターテイメントが苦手》なんだろうなとしみじみした。
つい、フォーカスをピューロランドだけに合わせて考えてしまい文句を言っていたけれど、世の中全体がそうなのだろうと。
先日書いた昨今のピューロランド(及び現館長)に対する違和感の話も、別にピューロランドに限った話ではない。
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皆でなんとなく同じ楽しいを共有するというその《皆と一緒に》みたいな部分が物凄く気持ち悪い。
わたしの楽しいはわたしの楽しいでしかないし、誰かの楽しいは誰かの楽しいでしかない。

それをお互い「どう楽しかったのか?楽しくなかったのか?」を語り合って、色んな感情や感動や気持ちをすり合わせるのがライブエンターテイメントの一番の楽しみというか《作品を通じて人の感性を知る》みたいなのが面白い訳で。
それを万人受けのものして《これを面白いと言っておけば間違いない》みたいな風潮が、やはりどうしたって苦手だ。

クラスの皆が面白いと思ったって、わたし1人が面白くないと思うものも勿論ある。
それを「なんで?変なの」とするのではなく「どういう所がダメなの?」と掘り下げあえる世の中であって欲しい。
感性も感想も思想も自由だ。いつだって。

作品ももっと賛否両論あるものであっていいというか、《万人に受ける》という事は《誰にもよく刺さらない》という事でもあったりする。必ずしもそうでもないが。
誰かが人生をかけて、情熱をこめて、自分の主張したい何かを背負ってぶつけた巨大感情は、漏れなく誰かに反発されるが、また別の誰かを救ったりもする。
そういう博打みたいなエンターテイメントを摂取して、《今回は違ったな》とか《この考え方はあり得ないな》とか色んな旅をして、その先で出会ったキラキラ輝く信じられないほど美しい光景に、心を救われて、自分の居場所を見つけたりしたいのだ。

だからわたしはどんどん息苦しくなっていくばかりなんだろうと。
せめて、せめてわたしの大好きなサンリオの子達だけは、自分の芯や美学を貫いて、それでも他者の価値観を許容するような子達であってほしい。頼む。頼む~~~~!!!!

綺麗な内に死にたい

7年前だか6年前だかの自分のメモ書きが出てきて、今とまったく同じ事を言っていて笑った。

以前こういう発言をしていたら、「自分の子供がこんな事を言っていたら悲しい」という謎のマシュマロをいただき激ギレし、さらに追い打ちをかけるように「その人とは別の人間ですが、そんなに怒る事ですか?」と諭すマシュマロがきて、そのまま線路に飛び込もうかと思った。
インターネットは狂っているのか?????
わたしがどう生きてどう死にたいかなんて自由だし、何を思って「そんな事」にするかもわたしの自由なのだが!?!?

という話はさておいて。

この”美しさ”というのは《波風立てず、ひとつの汚れもつけずに生きていく》という事ではなく、自分をさらけ出して、泥臭くてもありのまま自分を殺さずに生きていきたい、という事だ。
感情をさらけ出して、その感情が誰かに刺さって、認めてもらえるその美しさを保った状態で生きていたいし、それが出来なくなる位なら死んだ方がマシだ。
生きてる心地がしない。

その為には自分を殺してはダメで、なんとなくの同調圧力に負けてもダメで、「こんなもんか」と諦めてもダメで。
でも、今そういうのを覆すような《自分の芯》みたいなものを見失ってしまった気がして、勝手にたらればで話して、めそめそしてしまって、自分でも「ああ生きた心地がしない」となって、連日鬱々としていた。

自分の感情が、他の人間と比べると相当大きくて、コミュニケーションに齟齬を発生させるレベルのものであるという自覚が芽生えたのはわりとここ数年の事だ。
わたしは自分の感情の大きさが”当たり前”だと思っていたし、だから同じくらいで返してくれない人は自分に愛情がないのだと思い込んで生きていた。
どうやら、そうではなかったらしい、なるほど道理で生きづらい!!

この生きづらさを忘れさせてくれるほどの巨大感情を浴びせてくれるのが、演劇やエンターテイメントだった。
理解出来る・出来ないなんて事は二の次で、主張してる内容に賛同出来るか否かなんてどうでもよくて、ただただ誰かの《物凄く激しい稲妻のような感情》に打たれて、しびれていたかった。
その時だけは、「ああ自分と同じような熱量で生きてる人がいるんだ」と思って安心出来るから。

だからこそやっぱり巨大感情を摂取していたいし、万人受けするエンターテイメントはわたしには薄っぺらすぎる(感情が)。
世の中からしたらわたしが納得するコミュニケーションが濃くて重すぎる、というのはわかるが、私の目線からすると、世間にウケるものは軽く、薄すぎる。
それじゃあ何も届かないし、伝わらないのだ。
それが悪い訳ではない、が、わたしは不安になる。

自分が不安にならないためには、自分が安心できるほどの大きな感情に包まれる環境にいるべきであり、今その不安がぬぐえない状況にあるという事は、きっと今自分が置かれてる環境が適していないという事だ。
周りを変えようとするのはあまりにもナンセンスなので、自分で動いて新しく居場所を見つけて、自分がコミットできる場所を増やさないとならない。
そうでないと、自分が愛して寄り付いている場所さえも否定してしまいそうで怖いから。

どんなに愛した場所だって、時が経てば道を違える事もある。それを引き止めて自分に合わせようとする事も、自分が無理をして相手に合わせる事も無粋でしかない。
互いが互いにありのままやりやすく生きるという事を尊重する事が、何よりの愛情なんだろうなあと、やっと理解出来るようになった。
巨大な感情で愛していたものを憎み出す前に、適切な距離を取れるようになりたい。
大切なものを傷付けない為に、何が出来るのかっつったら《離れる》な事もあると思うので。

これは別に特定個人の事とか、特定の場所とかではない。どっか特定の場所から離れよう~と思っている訳でもない。
でも、漠然と連日感じているこの自分の不安を払拭するためには《こういう方向性で行った方がいいんだろうな》という自己の解釈というか。

多分今、自分が浸かっている水が体に合っていない。それはハッキリとわかる。
それがどこかのコミュニティなのか、この国自体なのか、この世界なのか、人という形そのものなのかをもう少し探って、自分がより呼吸がしやすい場所へと流れていけたらいいなあと思っている。

栓が抜けたように今日は言葉が沢山出てくる。嬉しくてたまらない。
自分の《何か変だ》と引っかかるものに気が付けたからこそのこれなので、こうやって己と対話して、ひとつひとつの違和感と向き合っていく事で、自分を生きやすくしていけたらいいな。



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