今日の思想

日々の思想備忘録

2021年10月28日(木)の思想

目次


怒らなくなる

最近怒ってないな~、と、ふと気がついた。

いや、本当にここ2週間くらいはちゃめちゃに怒るような事がなくて、そもそも怒るような出来事に相対してないのも確かなのだが、普段だったら怒るような出来事に直面しても《許す》をする事で、あまり怒らなくなった。

昨日仕事でちょっとしたトラブルがあって、一緒にやってる人が烈火のごとく怒り狂っていたのを、「まあ2回目があったらシメていいけど、ヒューマンエラーは起こるものだから許していこうよ」みたいな事を言ってなだめていた。

今日も今日とて、コンビニで買ったおやつをわくわくとおやつの時間に食べようとしていたら賞味期限が切れていて、電話したら交換してくれるよ~という事になったのだが、おやつを失ってしまった。
にも関わらず「しゃあないか」と思っていたし、コンビニに再度寄った際も特に怒ることなく「まあ人がやる事は完璧じゃないので~」などと言っていた。

短気王決定戦があったら上位に食い込むくらいぶちギレ侍だったのに、一体どういう事なんだ。
ただ、怒らないと体力を使わないので疲れないという学びを得ました!!

なんでそんなおおらかな性格に突然なったかというと、色々考え方を整理した結果、ここまでの自分の人生をおさらいした結果のプラスマイナスがプラスだというところに着地して、謎の余裕と心のゆとりが生まれたからだと思う。
あと《怒らない》を癖付けるとそっちの方が心も体も楽で、その"楽"を選んでいるところもある。

過去を"学び"に変換すること

最近読書をしているという話の続き。
精神医学の本を読んでいて「こういうおたくがあの現場にいたな………」とか、行動心理学の本を読んでいて「どこどこの現場の時の私ってこんなだったな………」とか思う事がはちゃめちゃに多い。

当時、自分の目の前で起きた「こんな事は自分の身にしか起きていないのでは」という風に特別だと思い込んでいた体験は、大概何かしらの名称がついている事が多い。
まずその事実を知る事で「なんだ、そんなに苦しまなくてよかったのか」と、過去の自分を許して認める事が出来る。

そして、これは私の物差しで「得したなあ!」と思ったのだが、実体験がある事により読書が面白い。
先に知識をつけようとしても、自分の身に起きていない事は中々に想像しがたい。
しかし《既に似たような経験がある》事について後から学術的知識を脳に与えると、「これ進研ゼミでやった奴だ!」と言わんばかりの吸収力を見せる。
難しい文章も「何を言ってるか解る」のだ、素晴らしい。

今みるみると自分の脳みそに新たな知識が加わる事は、実は新しく学んでいるのではなく、今までの人生の中で言葉や名称を知らなかっただけで、学んで身に付けていた事が解る。
すると、今まで生きていた中での無駄にしてしまったかと思われる時間や、何もなし得られなかったと思い込んでいた時間に、突然真逆の価値が生じる。

そうか、私は学んでいたのか。

そう思ったら、なんだか日々に余裕が出来て慌てる事が無くなった。
今まで自分が出会ってきた事すべて、理不尽な事も含めて、身をもって学習するための事だと思えたら、色んなものを憎む気がなくなった。
何故なら、それらの経験があるからこそ、今の自分が豊かに教養を蓄えられているからである。

これは半分以上《そういう事にしている》のだが、それで気持ちよく生きられるのであればそれでいいのである。
大事なのは他者からの評価ではなく、己の生きやすさだ。

自己暗示と上手く付き合う

元来私は、自分自身も他者も暗示にかけるのが上手い。
上手いというか、そうやって生きていくのが当たり前だと思っていた事が、どうやら知らず知らずの内に自己や他者をコントロールしている事にやっと気が付いた。

今までの私は、少年漫画の主人公よろしく《自身に特別な力があるとは思わず、力を暴走させてしまっていた》ところがある。
己の言葉の強力さと、その影響力の高さを過小評価し、自らの言動で他者の行動をコントロールする事を、自身できちんと理解出来ていなかった。
同様に、自分自身にかけた屈強な自己暗示の存在に気が付かず、がんじがらめになり続けていた。

その自己暗示の存在に気が付き「次に私が手を叩いたら目が醒めますよ」と言うかのごとく、ハッと気が付いたら、突然気持ちが楽になったのだ。


ここで注意したいのが、今の私の状況は《完全に自己暗示が解けた》のではなく、《別の自己暗示に切り替えた》だけである。
「今までのやり方は少し間違っていたから、これからは大丈夫なやり方にしたのでもう大丈夫」という自己暗示をかける事で、己の生きづらさを無くしてあげているだけだ。

けれど、人生100年も生きない内に完全な悟りを開くのは中々難しいだろうから《自己の能力をきちんと把握して正しく用いる》という事が出来るようになれば、大分生きやすさのレベルが変わるのでは無いだろうか。現に、今相当生きやすいし。

もっと巧みに"騙す"こと

で、その自己暗示や他者をマインドコントロールするのが何になるんだって?というと、ここから先が自分にとってプラスの話になる。

ちょくちょく日記にも書いているが《騙す》という事に尋常ではない興味がある。

この《騙す》と言うのは、よく言うが決して悪意を持って行うそれだけではなく、《夢を見せる》みたいな事全般というか。
それこそ演劇を観ている時のあの感覚も、私の中ではそこにカテゴライズされる。

演劇やエンターテイメントが好きだから、もっと人を騙せるロジックや仕組みを学びたいな、と思い、最近いろんな本を読んでいる所がある。
司法を学んで完全犯罪に生かすように、圧倒的な現実を学んでより精度の高い夢を見る事が可能なのではないか?という思考の末の行動なのかな。

《騙す》というのは、ある種の暗示にかかっている状態で、この暗示とかマインドコントロールみたいな言葉も、悪用するからよくない意味に聞こえる訳で、過去から現在に渡って医療にも用いられている手段なので、使い所を誤らなければ物凄くポジティブなものになる。

そして、前述の《自己も他者も暗示にかけやすい》という自分自身の能力を、学びを深めてより的確に使うようになる事で、もっと巧みに人類を騙せる存在になるのでは?という可能性を見いだした。

これは何もカルト教壇の教祖になろうだとか、新しい詐欺の方法を生み出そうとかそういう事ではなく(勿論そちらの方向にステータス値を全振りすれば出来るだろう、が、やらない。)、それらを演劇やエンターテイメントに宛がって、もっと人の心を掴み、まるで現実を忘れるような体験を作り上げられるのではないか、という一縷の希望が見えてきた。


昨今のエンタメは、それこそ「キグルミの中に人がいるのなんて解ってますよ」と斜に構えて嗜むのが当たり前になってしまった。
技術やクオリティの高さだけが評価水準というか、《皆が参加したものに参加した》事が価値になってしまっているというか。

そういう事ではなくて、もっとシンプルで、もっと純粋な、ただ体感して胸が踊るような、言葉では説明出来ないあの高揚感を、私は世の中に取り戻して欲しい。
知らなかった頃には戻れないけれど、《それ位思い切りのめり込む》事は取り戻せるのではないだろうか。

それが、与えられるエンターテイメントにギミックを仕込む事なのか、受け取る側の思考を少しだけ組み換える事なのかはまだ解っていない。
けれど、探そうと思ってこれからも毎日考えていれば、きっと何かしらの答えには出会える物だとは思う。

そして還元していく

そんな事をして何がしたいのかというと、恩返しがしたいのである。
私はもう既に、この年になるまでに十二分に、演劇からもエンターテイメントからも恩恵を受けている。
沢山のものを与えられて、ここまで豊かに生きられるようになった。

だとするならば、そうやって育って大人になった人間が、今度は次世代のために何かを与えて生きたい。
自分が与えられたものを、次の世代へと渡して、素晴らしさを受け継いでいく
それが自分を育ててくれた物への一番の恩返しなのだろう。

かつてサンタを夢見ていた子供の頃の自分がいたように、今度は誰かに夢を見させられる大人でいたい。
そして、演劇やエンターテイメントという文化をもっとよりよく後世に残して、更なる発展を遂げさせるためにも、今の自分に何が出来るのか? と言ったら、まずは学ぶ事だから、本を読んでいる訳で。


けれど、何か大それたビックプロジェクトを行ったり、なんらかの団体を立ち上げたりというのを目先で考えているわけではない。
現代の日本でそういう大きな目標を見据えても、中々どうして現実は難しく、きっと希望があっという間に見えなくなって、再び心に雲がかかってしまう。
私は、私の誇りや信念は大切にしたいが、決して別の信念を持つ誰かと争いたい訳ではない。

なのでまずは自分の日々の暮らしを楽しく豊かに変えていき、夢見て信じる力を衰えさせないようにする。
その上で、身の回りに少しずつ夢を与えて、より楽しくしていく。
そう言うことが出来たらよいなと。

そういう日常の中の些細なものの積み重ねが、いずれ何かになっていくというか、そうした事自体が意味を持つというか。
《楽しいエンターテイメント》を作るのではなく、《エンターテイメントを楽しむ心》を育てていく。
そういう形で、人を喜ばせたり楽しませる事は間違いなく出来るはずだから。

何もかもを愚直に信じるのではなく、何を信じるべきなのかをきちんと見定めて、その夢に水を与え続ける。
与えられる事を待っていたら、「信じたい」と思う自らの心は枯れきってしまっていたが、与えたいと気持ちが能動的になった途端、「信じよう」と心に潤いが宿っている。

この感覚を忘れないように、日々を生きていきたい。



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