今日の思想

日々の思想備忘録

2021年11月9日(火)の思想

目次


俺の知ってる夢小説と、お前の知ってる夢小説と

今日は創作活動の話をするぞ~~~~~!!!!!!

昨日の日記でAWかりんの話をしていたのだけど、いわゆるそういう没入感が高いコンテンツに対して、私は必ず≪その世界線の自分≫の設定を事細かく決めて、それを演じてる(演じてるというかなんというかそれで楽し出るというか)ところがある。

その世界に自分がどういう風に関わって、どういう風に立ち回って、どう過ごしているのかを想像して、そのシナリオや設定に沿ってコンテンツに触れるのがとても楽しい。

そしてそれは同一コンテンツに触れる度に設定を変えてみてもいいし、貫いてもいいし。
ドルステに関しては設定を貫きたいから、日々あーだこーだ過去の自分の行動も踏まえて整合性が取れるあれこれを考えてるからこんなにギャースカ言ってる訳なんですけども!!!!


で、こういう話になる。



私がおたく駆け出しの時期ってまだまだ自分の名前を入れたらテンプレートにその名前が当てはめられるタイプの夢小説が沢山あって、というかそれが≪夢小説≫だった記憶がある。

だから当初「え~夢小説って苦手だな~~~」と思っていたのだけど、大人おたくになるにつれて≪特定の夢女と誰かの物語≫を考えたり話したりするのはめちゃくちゃ好きだと気が付いた。

つまり、"誰でも成り代われる誰でもない存在"と誰かの物語には全く興味がないけれど、≪誰かと誰かの物語≫ならばひとつ残らず全部興味があって好きなんだな~!!!

だから私が語る≪夢小説≫とか≪夢女≫とかの”夢”はそういうものだとここで一旦定義したいんだけど、それが世の中的に”夢”であってるのか解らないから、適切な表現をご存じの有識者の方がいらっしゃいましたらどうぞマシュマロかDMまでオネシャス!!!!

自分が出来ないタイプの創作活動

私は昔から一次創作が出来ない。
全てのクリエイティブなものに対して、≪誰か≫が作り上げた1を100にも1000にもする事は出来るし、その能力は異常に長けているけれど、0から1がどうしても生み出せない。

これに関しては10代の頃にハッキリと気が付いて、クリエイティブな仕事がしたいけどそういう立場になると苦しむだけだからというので色々人生の道を選んだりしたので今も苦しむ事なく生きてるのだけど。

それに合わせて、生身の人間の空気感や感情を受け取らないと創作が出来ないという事にも10代後半位で気が付いた。

たとえば、二次元キャラクターのみの二次創作がまったく出来ない。
アニメになって生身の人間が喋っていたり、舞台になって生身の人間が演じていると話は変わってくるのだが(特に後者はもう人間だし…でもそれってその役者の解釈だからなあというのはある)、平面だけの特定人物同士の空間を、上手く自分で表現が出来ない。漫画でも小説でもそう。

ある程度のシチュエーションとか、ちょっとした会話とかは死ぬほど思いつくし、大喜利も出来るし、けれど”世界”が構築出来ない。
その2人が、その人達が、どういう風に呼吸をして、どういうテンポで会話をして、どういう表情の移り変わり方をするのかを一生懸命考えても、自分の中で答えが出せない。

何故なら≪自分が目にしていないけれど答えは存在している≫からだ。
物凄く緻密な心理・風景描写をしたいので、存在しているはずのそれらを知らないまま、自分の言葉で語って表現する事がどうしても出来ないんだろうなあと思う。


が、ここに1人でも実在する、自分が知っている人物が干渉すると話は変わって来る。
いわゆる、実在の友人と二次元キャラクターの夢小説を書くのはめちゃくちゃ得意だ。
(でもある程度自分がそのキャラクターを知っているか、友人から物凄い勢いでプレゼンされて情報がないと手が動かない。想像が出来ないので。)

この場合、そのキャラクターが実際どうなのか?という点は≪友人が見たその人物≫の形で私に説明される。
友人の目にどういう風に映って、どういう風に呼吸をして、どういうテンポで会話をして、どういう表情の移り変わり方をしているのか。
それらを全部語ってくれる人間がいるので、私はその1を元にグイグイと世界を広げて、より細かく描写をしていけばいいし、一旦話を聞いてしまえば自分の中でいくらでも膨らます事が出来る。

これってめちゃくちゃ面白いなと思った。
私の中での二次元キャラクター(ないし登場人物)の二次創作は≪自分が出会った事がないのでほぼ一次創作≫の範疇に入るんだろうなと。
逆に、友人と特定キャラクターのほぼ一次創作に近い二次創作は≪友人が語っている話の二次創作≫の範疇に入っている。

人の感情の二次創作がしたい

つまる所、私は人間の二次創作をして生きてるのか!!!!という事に気が付いた。
どれだけ人間が好きなんだ??????

前述の≪一次創作が出来ない≫という奴、これも一個ポイントがあって。
例えば特定の人物を思い浮かべてモデルにして、当て書きにしたタイプの一次創作は出来る。
(多分世の中の一次創作をしてる人もこういう組み立て方をしてる人は沢山いるんだとは思うけど。)

ただ、自分が触れ合ってこなかったようなまるでまったく知らない人物が脳の中に現れて、自分の通り越して勝手に動いて物語を導いてくれるような事は、私の頭の中では起こりえない。

なので私に戯曲は書けない。
けれど脚本を書く事は出来る。

この違いって面白いけれど、明確だし、だからこそそこの違いと向き不向きを結構早い段階で区別をつけて自分の人生の歩み方を決めたのは賢かったと思う。
昔からよく「そんなに面白い文章書くなら小説家になったらいいのに」と言われていたが、無理なのである。私は人間の二次創作しか出来ないので………。
いやまあ無理って事はないんだろうけど、個人的にはそこは目指してないからな。

余談だけど、自分の感情起因のえこひいきも激しいので、劇評家みたいなのも向いてない。
書けるのはエッセイみたいなタイプか、私小説か、誰かに入念にインタビューをした上で語るその人の話のどれかかな。

あとは別に文章じゃなくてもよくて(絵も漫画も描けないです)、例えばそれが”空間”だったり”時間”だったりでもいい。
リアルイベントやりた~いって言うのはそういう辺りの二次創作なんだろうな~と感じてる。

 

人の関係性を二次創作したい

ツイートの内容の掘り下げに帰って来るんだけど。

自分が目にしたり受け取った特定の実在人物の感情、それが例えばまあ舞台だったりドラマだったりする場合。
「この世界でのAさんとBさんの関係性ってどうなんだろう」と掘り下げて考える事と、「この世界に私やCさん(リアルな友人)がいたらどうなるんだろう」と想像して考える事は、私の中ではほぼイコールに近い。

なんらかの事実(自分が受け止めて知っている情報)に対して、その世界観と整合性が取れる、無限に想像がつくifを順番に並べて、そのひとつひとつの風呂敷を思い切り広げていく事は、とても楽しくてたまらない。

そして、自分の中で思い描いた世界における空気感だとか、その人々の呼吸の感じとか、その人がその人にだけ向ける表情をなるべく色鮮やかに脳内で再生してもらえるような文章を書けたらなあ、というので趣味の範囲だけれど日々表現力は広げられるように頑張っている。

最近はもっぱら自分の話をこうやって日記に書いているけれど、日記も二次創作も私にとっては一緒だ。
≪自分の脳内を他者にイメージしてもらう≫文章を書くトレーニングは、やはり日々行っていかないと能力が衰えてしまうばかりなので、日記を書くことにしてよかった~~~!!!と改めて実感している。

”世界観を形成する”のが好き

そんでもって騙す・夢を見せるロジックにここで通じてくる訳ですよ。
私が語る事って基本的に物凄く太い一本の筋があって、そこに沢山の枝道が分かれてくっついてる感じ。

これらの二次創作においても≪どれだけ緻密にその世界観を表現して、それらが”ある”と信じ込ませるか≫という話になる。

騙すって言うとやっぱなんか語感がな~と思うし、夢を見せるって言うのもちょっと違うんだよな~~~と思うけど。
なんだろうな、誰かの頭の中にしかないけれど、確かに”ある”その世界を、いかに現実の世界に引っ張って来るか、みたいなそういうトリックやギミックを考えるのが楽しい。

そしてそのトリックをいかに日常の中に組み込んで、現実の日常と誰かの想像の世界の垣根をうやむやにするのか……みたいな、そういう世界観を形成するのが楽しいんだろうな。

だからテーマパークが好きなんだって!!!!!!テーマパークに現実いらねーんだって!!!!!!!!
でもそんな現実いらねえパークを作り上げてる現実の人間が超好きな訳です、大変だな、情緒が。

だからピューロに行って毎回なんらかの感情をアウトプットしていたあれも物凄くリアルに忠実な二次創作なんだけど、ちょっとこの話は長くなるんで今日は一旦置いとくわね(そんな話前にもした気がする)。


自粛期間でどうにもならなかった頃、LINE@を使って≪友人の想像する友人の恋人≫のLINEアカウントを作り、いい感じの時間に送り付けて、そのLINEに付随するエピソードを書いて別途それは私から送り付けるという遊びをしていたのだけれど、めちゃくちゃ楽しかった。
”いる”し”ある”んですよね………。

そういう事を考えて、構築していくのがめちゃくちゃ楽しいんだろうな~。
で、そういう事を考えて構築していくのがめちゃくちゃ楽しいから、相手が求めてる自分を二次創作して”いる”状態にしまい、先日の日記のような状態になるっていうのはもうこれ、嘆くよりも褒めたたえた方がいいのかもしれない。

なるほどこれは重篤な病気!!!!!!!!!

だから〇〇が好き

文章を書くのも好きだけど、写真を撮るのも好き、映像を撮るのはもっと好き。

写真を撮るという行為って物凄く残酷で、だからこそとてつもなく美しいなといつも思っている。
”誰か”とか”何か”みたいな一次の媒体があって、それを切り取って残す事で自己表現をしたり、己の目に映る世界を他者に伝えるという行為、とんでもね~~~~!!!と思う。

だからこそ楽しいし、罪深いし、奥が深いし、みたいな事を考えてる。
生半可な覚悟で手を出しちゃいけねえタイプの創作活動なんだよな写真………。

視覚化される二次創作、映像にしろ写真にしろめっちゃ楽しい!!!けど、年々やはりリアルの素材を生かす方が楽しいから、スチールよりムービーに移ってる所があるので、どこまでもリアリティを追従して生きている。

≪世界観の構築≫という意味で言うと、やっぱり映像監督とか演出家とかをやりたいのかな~と思う事もあるけど、それらをリアルで構築する事を生業にしたいのかと言うと「うーん……?」となる。

でも趣味の範囲で特定人物を用いて映像を撮影したり演劇を作る事って出来ないので(キャスティングという意味で)、その辺りは≪趣味でやるには出来る範疇じゃない≫という奴。

なので脳内で上演して、それを文字にする小説・日記という表現手法が自分に一番合っている訳である。
私が毎日文章を書いているのにはこういう込み入った、かつ物凄く自分の生理によくよく合っている理由があるからなんだよな~~~~~~~~~!!!!!

そんだけ色んな世界が見えて、色鮮やかに想像出来てしまったらそりゃ鬱にもなるって。仕方ねえ。


≪その人が思い描いた世界の1を教えてもらって100にする≫みたいな事で言うと、今絶賛家を建てまくってるハッピーホームパラダイスとかもその範疇。
相手のオーダーに合わせた家を建てて、その建てた家をまた写真に残して……というこれらの一連の好意は、自分の創作スタンスに物凄くよく合致しているのでそりゃ~毎日捗る訳ですわ。

ハッピーホームパラダイスをやり始めてから「二次創作した~~~い!!!」という欲がムクムク湧き出して、ドルステのAWかりんの話が捗ったり、こういう日記が捗ったりと、最近色々考えられてなかった体の中のクリエイティブ面がムクムクと刺激されているから、めちゃくちゃありがたい。

一時期は、一次創作が全く出来ない事に苦しんでいた事もあったけれど、1を1億に出来るこの二次創作能力もとんでもねえもんだから、誰かが一次創作した1を受け取って、それを沢山たくさん広げてけるような事をこれからもどんどんしていけたらいいな~~~~と思う。

もっと表現力が豊かな文章を書けるようになりて~~~~~~~~~~~~~!!!!


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